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東京マラソン2009は、2009年3月22日に東京都内で開催された、3回目の東京マラソンである。この大会は、開催時期を2月から3月に変更し、
気候や参加者の要望に応じた開催となった。特に今回の大会は、競技者の参加資格や分類の変更が行われ、定員が5,000人増加したことも
大きな特徴であった。それにより、ランナーの申込者数は前回大会と比べて68%増となり、26万1,891人に達した。その結果、当選倍率は
7.5倍という非常に高い数字となり、東京マラソンの人気の高さを示している。
大会当日の天候は曇り、気温は15.9度、湿度は67%であり、風速は9.3m/sの南風が吹いていた。このような気象条件のもと、参加者たちは
東京の街を駆け抜けることとなった。東京マラソン2009は、東京五輪招致活動の一環としても重要な意味を持っており、コースの
シンボルカラーは五輪の色に変更されるなど、開催前からその注目度は非常に高かった。
本大会では、男子フルマラソンの部が、世界陸上ベルリン大会の代表選考レースとなるなど、特に注目された。そのため、男子部門の1位
には賞金800万円と副賞が授与されることとなった。この賞金制度は、日本のマラソン大会としては初めての導入であり、注目の的となった。
また、男女それぞれの1位には200万円相当の副賞が与えられ、2位から10位にも賞金が支給されることとなった。
競技者の参加資格に関しても変更があった。フルマラソンの参加者には大会当日に満19歳以上で、6時間40分以内に完走できることが
求められ、エリートランナーには日本陸上競技連盟に登録された競技者や推薦者が含まれていた。また、車いす部門も設けられ、マラソンの
参加層は広がりを見せた。10km走では、一般部門として大会当日に16歳以上で1時間30分以内に完走できる者が対象となった。
レースの結果では、男子の部で注目されたのは、初マラソンの前田和浩選手である。彼は2時間11分1秒で日本人最高の2位となり、
世界陸上の代表に選ばれた。この結果は彼にとって驚異的なものとなり、日本マラソン界の新たな星として注目された。一方で、過去に
日本記録保持者であった高岡寿成選手は、35km付近で途中棄権し、これが引退レースとなった。
女子の部では、土佐礼子選手がアクシデントに見舞われたものの、3位に入賞し、その粘り強さを見せつけた。土佐は給水時に転倒し、
負傷しながらも見事に完走した。このレースをラストレースとする選手も多かった中、弘山晴美選手は10位に終わった。
大会中、特に話題となったのは、タレントの松村邦洋が大会に参加し、途中で急性心筋梗塞を発症したことである。松村は14.7km地点で倒れ、
意識不明となり、病院に搬送された。幸いにも命に別状はなく、その後回復したが、この出来事は大会の一大ニュースとなった。また、
大会全体で2名が心肺停止状態となり、自動体外式除細動器(AED)が使用された。
大会の放送は、フジテレビ系列が担当し、特に開局50周年を記念した特別番組として、選考会の模様も生中継された。フジテレビでは、
浜田雅功をスペシャルキャスターとして迎え、盛り上がりを見せた。ラジオでもニッポン放送が実況中継を行い、広範なメディアによる
放送が大会の注目度をさらに高めた。
東京マラソン2009は、その規模の大きさや競技の質だけでなく、イベント全体が五輪招致活動と絡みながら進行したことから、東京都民や
観客にとっても非常に印象深い大会となった。大会の成功を経て、東京は2020年オリンピックの開催地候補としての地位を確立していく
こととなった。この大会は、単なるスポーツイベントを超え、都市の活性化や国際的な注目を集める大きな契機となった。
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