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2006年2月12日、東京都区部を舞台に開催された「2006東京国際マラソン」は、日本のマラソン大会の歴史の中でも特筆すべき位置を 占める大会であった。この大会は1981年に始まり、26年間にわたり続いた男子国際マラソン競技大会であり、その歴史を締めくくる 重要な節目となった。 当日は午前10時にスタートが切られた。天候は晴れ、気温は5.7度、湿度は25%、北北西の風が秒速7.0メートル吹く中での開催となり、 冬の冷たい空気の中、選手たちはスタート地点である国立霞ヶ丘競技場を飛び出した。この大会のコースは東京都内の名所を巡るものであり、 選手たちは東京ドーム、東京タワー、皇居、東京駅、増上寺、品川駅、大井競馬場、平和島競艇場といった著名な場所を経由し、平和島口で 折り返して同じルートを戻るという全長42.195kmの設定であった。 コースの中でも特に特徴的なのが、35km地点以降に存在する「強力坂」と呼ばれる急な上り坂である。この坂は高低差が30m近くあり、 ビルでいえば11階建てに相当する高さである。この区間は、水道橋駅前から四谷にかけて設けられており、選手たちの体力を極限まで 試す要素となっていた。風光明媚な東京都心の景色を楽しむ余裕はほとんどなく、選手たちはこの過酷な坂と向かい合いながら力を 振り絞った。 この年の大会には、マラソン日本記録保持者である高岡寿成選手が出場し、注目を集めた。彼の存在がレース序盤のペースを引き上げ、 観客や沿道の応援者の期待も一層高まった。大会全体の流れとしては、前半の高速ペースにより選手たちの体力が消耗し、後半の難所である 「強力坂」が勝負の分かれ目となった。 参加資格は厳格に定められており、日本陸上競技連盟への登録が必須であるほか、マラソンで2時間30分以内、30km走で1時間42分以内、 ハーフマラソンで1時間10分以内といった基準が設けられていた。参加料は3,000円であり、市民ランナーには手の届きにくい、 エリートランナー向けの大会としての性格が色濃く表れていた。 この年の優勝者はエチオピアのアンベッセ・トロッサ選手であり、彼は2時間08分58秒というタイムでゴールを果たした。日本国内外から 約30名の招待選手が参加し、ハイレベルな戦いが繰り広げられた。厳しい条件の中でのレースにもかかわらず、彼のパフォーマンスは 観衆を大いに魅了した。 2006年をもって東京国際マラソンはその歴史に幕を下ろしたが、翌年からは東京都知事石原慎太郎の主導により、「東京マラソン」 という形で新たなスタートを切ることとなった。この新大会では、従来のエリートランナー中心の大会から、市民ランナーも含めた 大規模なイベントへと様変わりした。また、コースも大幅に変更され、より多くのランナーが楽しめるものへと進化を遂げた。 2006東京国際マラソンは、26年間の歴史の締めくくりとして、選手たちの熱い戦いとともに、多くの感動を生み出した大会であった。 その過酷なコースと高いレベルの競技内容は、多くの人々にとって忘れられないものとなり、新たな大会「東京マラソン」への期待を 高めるきっかけともなったのである。


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